2022 / 3 / 11




たりーたりー。
あー、たりぃー。

Bは、大学まできちんと出た真面目な男だったが、
大学卒業後にお笑いの養成所に入るために借金をし、
そこを途中で辞めたあと、区民税が払えず借金をし、
色々な日雇いバイトを転々とする中、家賃が払えず借金をし、
特にギャンブルや夜遊びをやったわけでもないのに、
30を越える頃、借金は500万を超えて首が回らなくなり、
アパートを追い出されて路頭に迷っている時、
住み込みのガールズバーのバイトを見つけ
以来、そこでパシリ兼運転手をやるようになった。


Bは、大学まで出た男だったが、
少し人と違っていて、物事の呑み込みが悪く、空気が読めず、
何かにつけて強迫観念に囚われ易く、
その上更に、短気でキレ易かった。

そのせいで同級生やバイト先とよくトラブルになった。
当然友達も一人もいなかった。
両親にはとっくに勘当されていた。


30から働き出したガールズバーは、
Bにとっては居心地が良かった。
嬢達にはバカにされコキ遣われていたが
他の仕事に比べれば、浮世の常識を押し付けられることは少なく
必要以上の人間と関わらずにも済む。


しかし、Bが35の時、コロナが流行って店の経営が傾いた。
客足が嘘のように遠退き、嬢達も次々と辞め、
最後に残ったのは、Bと、社長の2人だけ。

その後しばらくは、社長が自ら嬢として店に立っていたが
社長は45を越えているので、さすがに無理があり、
店を建て直すことはできなかった。


社長はその後、ガールズバーを畳み、
何もしない期間が半年ほど続いた。


元々は社長の親の持ちビルだった場所だから、家賃は発生しない。
しかし、今にも崩れそうなボロボロの3階建てのビルで、
借り手などいるはずもなく、
1階は、何の仕事もない居抜きの事務所となっていた。
2階は、物置兼Bの寝床があり、
3階は、社長の住居になっている。

そんな間も、社長は、何故かBを雇い続けてくれていた。
Bが路頭に迷うのを助けてくれていた…というよりかは
掃除や買出しにいくためのパシリがいないと困る…という感じだった。


そんなある日、
社長は事務所でいつものように昼間から、
近所のカクヤスでBに買ってこさせた酒を飲みながらダラダラしていたが、
その日は何やらイヤホンで音楽を聞いているようだった。

夕方になってBは銭湯へ行き、帰る頃には大雨になっていた。
びしょ濡れになりながら事務所へ戻ると、
社長もずぶ濡れになって、どこからか戻ってくる所だった。
その手には大きな板が抱えられていた。

「油性ペン持ってきて」

濡れた髪と、床に置いた板を、
2つのタオルで同時に拭きながら社長は言った。
油性ペンを渡すと、それで板に、何の躊躇もなく文字を書いた。


…『Darkside Lupiaronas』


「なんすかそれ」
「音楽事務所やるわ」
「え?」
「アイドルグループ作るわ。イケメンの。人集めてオーディションやってくれる?」
「え、そんな俺できねえっすよ」
「できるよ」
「どうやってやったらいいのか分かんねえっすよ」
「考えればできるよ」
「あ゛ーーーだから俺馬鹿だから分かんねえっすよ!!!」
Bがキレて、近くにあった一斗缶を蹴飛ばすと、
社長はBに詰め寄って、低い声で
「クビにすんぞ」
と言うと、
「すみません…」とB。
「やれるよね?」
「ええと…でも…」
「ネットで、"アイドルグループ 作り方"で検索とかして? 私に恩があるよね? また借金生活に戻る?」
「ちっ、分かったよ、やりゃーいんだろっ、たりーーっ、くそばばあが」
「クビになりたいならいいけど」
「すみません…」

…となり、Bはネットで色々調べて、
見よう見まねでオーディション用紙を作り、
それを近所の色んな所に出向いて配った。

西新井大師にも配り、
アリオ西新井店にも配り、
西新井 THE SPAにも配り、
西新井警察署にも配り、
荒川沿いの河川敷を走るランナー達にも配り、
とにかく配りまくった。


Bは、それらを配りながらも、
こんな意味の分からないものに応募してくる人間なんか
いるわけがない…、と心の中では思っていたが
何故か最初に4人の応募があり、
何かのいたずらだと疑ったが、
とりあえず面接を設けると、
その日、ちゃんと4人が集まって
更にそこへ、直接事務所にやってきた2人が加わって
一気に6人も集まってしまった。


その6人は、全員、どこか様子が変だった。
互いをライバル視しているのか、全員が互いにイラつき合い、
終始睨み合っていた。

だが、Bは常識とか空気とかが分からないので、
さほど気にしなかった。

また、全員ほんのり透けた派手な服を着ていたが、
きっとアイドルになろうというやる気の表れだとBは解釈した。


一人ひとりに話を聞くと、全員、
ファンタジックなバックボーンを持っていた。
それらは到底、非現実的なものだったが、
それもまた、Bは、
アイドルとはそういうものなのだろう…、と漠然と思い、
これっぽっちも疑いはしなかった。


面接はBが一人で行った。
全員の写真をその場でスマホで撮影し、
それぞれに聞いた話をメモにまとめる。

そして、全員を帰したあと、それらを社長に報告した。

社長は喜んだ。

「いいよねー? ねー?」
「はぁ」
「あんたの書いたメモによると…、全員、何かしらの王子様よね? すごくない? 王子様だけのアイドルグループ…! いいよね? ね?」
「はぁ」
「でも、6人かー。あと1人欲しいよね? 7人いたらいいよねー」
「たりぃーな、もういいだろ6人で…」
「はぁ? あと1人欲しいよねえ? ねえ!!!」
「はい…探します…」


社長が3階へ消えたあと、
Bはスマホの中に収められた6人の写真を、
しばらくぼんやりと眺めた。

全員、Bよりもずっと年下だ。
皆若く、肌つやもよく、力強い生気に溢れている。

普段、50に迫った社長しか見ていないし、
ガールズバーの頃は、男と言えば
ふやけたおっさんの客ばかりを見ていたBにとって、
その6人の姿からはっきりと漂う若さのオーラは、
新鮮で、且つ、…どこか眩しかった。


Bは彼らの写真から中々目を離せなかった。

それに、彼らの服の透け具合は、
スマホでもきちんと撮影できていた。

体の色々な部位のラインが見えていたし
筋肉や骨格の隆起はもちろん、
目をじっと凝らせば、乳首や股間まで、
次第に透けて見えてくるようだった。


カチャ…


Bは、スマホを左手に持ち帰ると、
右手でベルトを緩めようとした。
既に内側からの圧力で、ズボンの生地は
ぱんぱんに引き伸ばされている。

「酒買ってきて」

2階から降りてきた社長の声に、
Bは慌ててスマホをポケットにつっこみ

「たりーっな、たりーっ」
と、誤魔化すように大き目の声で言うと、
Bを睨む社長を背に、逃げるように外へと飛び出していった。

…外は、ずっと雨が降っていた。


戻らない!!!!!






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第7話 B