2022 / 3 / 9


俺はさ、
生まれて初めて歩いた日のこと、
覚えてるんだよ。

何歳だっけな、確か7歳だ。
7歳なら、そりゃ覚えてるよな。

俺は生まれた時から、体の色んな所に傷があってさ
そのせいで、成長が遅かったんだよ。

そんで、やっと歩けるようになった時には
もう7歳だったんだ。


母さんが、えらく喜んでさ…

あ、父親はいねーよ?
父親は俺が生まれる前に消えちまったらしい。
でも、母さんはそんなやつでも愛してたらしいから
俺に、そいつと同じ名前を付けたってさ。
だから俺は父親と同じ名前らしいよ。知らねーけど


んで、初めて歩けたその日、
俺…、馬鹿だよなー…
ずんずん歩いていってさ…

歩けたのも嬉しかったけど、
母さんが嬉しそうな顔するのが、また嬉しくて…
俺が歩いたら歩いただけ、はしゃいでくれて…


だから、どこまでも歩いていって、
そんで、河に落ちたんだ。


不思議だよな。
母さんは悲鳴をあげて追いかけてきてたよ。
でも、母さんがどんなに走っても、7歳の俺に追い付けなかった。
俺に近づけば近づくほど、時間の流れが遅くなるみたいにさ。

そして俺の方は逆に、引き寄せられるみたいに
河に向かって歩いていって、そんで落ちたんだ。


河の流れは激しくて、俺はあっという間に流された。
それでも俺は必死にもがいてさ、
流れが緩やかになった辺りで、なんとか河から出ることができた。

そしたらさ、
全然見たことない場所だった。
村とは全然違う景色が広がってた。

俺、怖くなって、泣きべそ掻いてさ…
それでも、何とか村へ戻ろうと、河上に向かって歩いてさ…
辺りが暗くなっても歩き続けて…
だけど結局、どんなに歩いても、村には戻れなかったんだ。


…それから、10年経った。
俺はもう7歳じゃないからさ。
今なら色んなことが分かるよ。

あの河が、ただの河じゃなかったってこと。
そんで、ここが、俺が元々いた世界とは、全く違う世界だってこと…。


だから
…母さんにはもう二度と会えないかもな。

母さん、心配しただろな…
戻れないことよりも、母さんに辛い思いさせちまったことが
俺には辛いよ…


…泣いてねえよ。傷が痛ぇだけだよ…。
これ、生まれつきの傷だから治らないんだよ…

仕事? 今は占い士だよ。
駅裏でカード占いやって日銭稼いでるんだよ。


なぁ、もういいだろ…?
いつものおっさん呼んできてくれよ…
新人のあんたじゃ話になんねぇんだよ

だーかーら、ちょっと気持ちよくなって散歩してただけなんだよ。
裸じゃねぇだろ、服着てんだろがっ。
前は閉じてたよ! 前開けてるとこ見たのかよ! 証拠ねぇだろ!
あーもう、いつものおっさんなら、とっくに出してくれてるのによー


数時間後…
西新井警察署前の歩道で、彼は信号が変わるのを待っていた。
辺りは暗く、雨が降っていた。

拘置所で着させられたフリースと下着を脱ぎ、雨の中に投げ捨てた。
ローブのポケットから、一枚のチラシを取り出す。
ブラブラしてないで、何かに挑戦でもしてみたらどうだ、と、
あとから出勤してきたいつものおっさんがくれた、何かのオーディションのチラシだった。

それも投げ捨てようかと思ったが、
そのおっさんには、もう何回も迷惑防止条例違反とかで捕まるたび、
便宜を図ってもらってたから、
舌打ちして、ローブのポケットに入れた。


「ひでえ雨…、
でもまあ、これはこれで濡れて気持ち良いじゃん…」

彼の傷だらけのシルヴィア剣が、
雨粒に刺激され、その刀身をむくりと反らす。


「きゃあああっ」

横断歩道をすれ違った30くらいの女が、悲鳴をあげて傘を落とした。

彼はため息交じりにそれを拾ってやる。
見れば、両手で口を覆ってはいるが、その両目はしっかりと
彼のそそり立つ下半身を凝視していた。

彼が傘を渡してやると、女は怯えながらも頬を染めて、

「だ、大丈夫? 怪我してるし、う、うちくる?」

そこそこの美人だったが、
彼は薄笑みを作り、「ごめん、そういう気分じゃねーし」

そう言うと、呆然とする女を横断歩道の真ん中に残し、
一人雨の中へ、颯爽と消えていった。


色んな所が傷だらけの彼の名は、ピース。


好きなこと、裸にローブで、夜道を歩く。


戻らない!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!








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第6話 ピース