2022 / 3 / 17
初めてその事務所を訪れ、
他の面々と顔を合わせた日の夜の帰り、
事務所前で、エールシオンは後ろから声をかけられた。
「この辺住んどん?」
「ああ、何」
「なんで顔隠しとん?」
「勝手だろ」
「だよね」
エールシオンは鼻で笑って、前に向き直り、雨の中を歩き出す。
すると後ろから、そいつは小走りに追い掛けてきた。
たまたま同じ方向なのかとも思い、しばらく無視していたが、
「待ってよ」
「何、ストーカー?」
「なわけねーだろ、のー、泊めてくんない?」
「ストーカーじゃん」
「違うって。ずっとホテル泊まっとったんやけど、もうカネないし」
「知るか」
「のーって」
……
エールシオンは、事務所から歩いて15分くらいの所にある
2LDKのマンションに住んでいる。
玄関からお風呂場までの廊下は、雨水で濡れていて
脱衣所の洗濯機には、十字にくり貫かれた服やセーラー服や下着が濡れたまま乱雑に放り込まれている。
リビングは電気は消えていて、外からの夜の明かりだけが視界を維持させている。
部屋の端っこには、空になったUFOの容器や空のペットボトルが、コンビニのビニール袋に詰め込まれて転がっている。
窓は開け放たれている。
3月中旬でだいぶ暖かくなったとは言え、さっきまで雨が降っていたから、やや肌寒い。
レースのカーテンの向こう側のベランダで、エールシオンが一人椅子に座り、雨のあがったばかりの新鮮な夜風を浴びながらパイプをくゆらせている。
風呂に入っていた間も、出た後も、その素顔を隠す赤紫の紐が、
永い夜へ誘うように怪しげに靡いて、明日の訪れを未来へ押し退けている。
「こんなとこに一人暮らしって、親、金持ちなん?」
と、ソファの反対側にもたれかかって座っているウランが、カーテン越しに聞いたが、エールシオンは聞こえなかったのか何も答えなかった。
ウランは、エールシオンの服を借りて着ている。上はスケスケの蛍光のTシャツ。下はスケスケの蛍光のジャージ。
「テレビとかパソコンとか何もないじゃん。いつも何して遊んどん?」
エールシオンは黙ったまま。やはり聞こえていないのかも。
「ていうか、他の3人、変なやつばっかだったやん。おもろ」
「お前もだろ。女みてーな格好して」
やっぱ聞こえとるんか、とウランは思い、
更に、そんな風に言われてイラッとした。
「馬鹿にする気か!?」とウランが声を荒立てると、
エールシオンも椅子から腰を浮かし、
「お前だって俺のこと馬鹿にしてんだろ、さっきから」
と怒鳴り返した。
「んー……」
と、ソファで眠っているオメガが寝返りをうつ。
「声がうるさいんだよ」とウランが小声で言い、
「お前もな」とエールシオン。
「てかなんで応募したわけ? 香川の田舎から」
「田舎で悪かったのー。お前こそなんで」
「強いていうなら自暴自棄?」
「なんやそれ」
「お前は?」
「俺はー…、セックスしまくりたくて」
「は? うける」
そう言うと、エールシオンは少しの照れを隠すように夜空の方を向いて笑う。
「セックスしたいなら、今からそいつでも犯せよ」
と、エールシオンはソファを指差し冗談ぽく言った。
「こいつも意味分からん、荒川で野宿しとったって」
ウランはソファの方を振り向き、眠っているオメガを見下ろす。
オメガも、ウラン同様、エールシオンの服を借りて着ている。
上はスケスケの蛍光のTシャツ、下はスケスケの蛍光の短パン。
ウランは、オメガのスケスケの寝姿を見ている内、少しだけどきりとする。
暗がりのせいもあってか、艶かしいような。
「おい、見てん。こいつ、なんか、女みたいやわ」
「それはお前だっつってんだろ」
「まじで。顔とか、ほらこの尻尾んとこ、このケツ、女みたい…」
ウランはそう言いながら、オメガの短パンを後ろからずり下げている
「何さっきからきもいこと言って…、っておい、何やってんだよ!!!」
「えっ、っ、見たら分かるだろ、っ、シコってるんだよ、っ、っ」
「や、やめろ!! それ俺の服だぞ!!!」
さすがの騒ぎにオメガがウトウトしつつ目を開け、
自分を見てシコるウランを見て、ぎゃっと言った。
「な、な、何やってるんですか?!」
腰を抜かすように青褪めて後ずさりするオメガに対し、
「ちょっと、っ、もう少し股開いてっ」
と、手を止める気配のないウラン。
「はぁ!?」
反射的に股を閉じると、そのしぐさが余計に興奮を誘ったのか、ウランの息は一層荒くなった。
「やめろ!! 部屋が汚れるだろ!!」
窓の開け放たれたマンションの一室から漏れた、苦情必須の大声が、西新井の夜空に響いていた。
戻らない!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
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第8話 電脳アシストマンション