2022 / 3 / 23

夜明けまであと数十分の、まだ薄暗い早朝…
西新井駅西口の路地裏で、
占いの仕事を終えたピースは店仕舞いをしていた。

さすがにこの時間ともなれば人通りは皆無だったが、
こういう異質な時間にこそ、
真に占いを必要とするようなやつがぽっと現れることを
ピースは知っていた。
そういう客は、人の多い時間帯に来る客よりも、
何倍も狂っていて面白いことも。
だからピースは、夜が明けるギリギリの時間帯まで
店をやることが多かった。

昨夜は、6人揃っての初の打ち合わせがあった。
打ち合わせ自体は8時頃には終わっていたが、雨が降っていて、
ピースが店を構えたのは、雨が止んだ後の深夜十二時頃からだった。

…それから五時間ほど過ぎ、
夜明けを感じ取ったカラス達がどこかで鳴いている。
東の空が薄っすらと赤い。
今日はもう終わりだろう、と
占い道具一式を鞄に詰め、折り畳み可能な机と椅子を畳み…

…その時、数メートル近くに、背の高い男が突っ立って
こちらをじっと見ていることにピースは気付いた。

見覚えのあるやつ。

「へへ、占ってやろうか?」
ピースは後片付けの手を中断せずにそう聞いた。

「占いができるのか…」
と、男は意外そうに言った。

「できるよ。手相を見てやろうか? 右手、貸してみな」

そう言っても男は突っ立ったまま。
ピースは自分から近寄り、男の手を取った。
手を両手で掴み直し、顔を近づけ、
掌の皺に沿って人差し指でなぞる。
男の方は、突然手を取られたことに、
少し戸惑った様子だったが、ピースは気にしなかった。

「ふむ…。神秘十字線がある。それに、仏眼の相もでけえな」

「どういう意味だ?」

「先祖とか霊とか、
そういうやつからのパワーがでけぇのかもな。
記憶とも結び付く相でもある」

男が何か思い当たる節でもあるような表情を浮かべるのを見て、
ピースは手応えを得た。
一方で、内心は自分も不思議な気持ちにもなっていた。
珍しい手相だったからだ。
しかも、自分とそっくりな手相でもあった。

「あんたはどこから来たんだ?」と聞いてみる。

「どこから……。分からない。気付いたらこの街にいた」
嘘や冗談を言ってるような雰囲気じゃない。
ピースの目を、何の躊躇いもなくの真っ直ぐに見るその目は、
体格とは裏腹に、拙い純朴さのようなものを漂わせている。
危ういほどの清純さとも言うような。
やっぱりこのギリギリの時間は面白い…、そんなことを思う。
「へぇ。俺と似てるじゃん。俺は7歳の時だったけどよ、
気付いたらこの街に一人ぼっちだった。
そんなことはどうでもいいけどさ」
そう言うと、
男は俺の顔を覗き込むように見て、
何故か鼻をすんすんと鳴らした。

自分の匂いでも嗅がれているのかと思い、
ずっと握ったままだった手を放り投げるみたいに離した。
商売道具の残りを鞄に詰め込んで持ち上げる。

「で、眠れなかったのか? 事務所に泊まったんだろ?」

そう言うと、男は驚いたように目を見開き、
「そんなことまで占いで分かるのか?」と聞く。

「俺様には千里眼があってよぉ。へへ、…なんて嘘々。
事務所から帰る時、お前ともう一人のチビ…、
ダークサイド?だっけ? 
…が最後まで出てこなかったのを見てたんだよ」

それを聞いて、ほっとするみたいに「そうか」と男は言った。

「さあてどうする? 俺は今から帰って寝るけどよ、
眠る場所がねえなら、うちのソファくれぇなら貸すぜ?」

「僕は…、眠るのは嫌いだからいい」

「ははっ、好きにしろって」
そう言ってピースはその場を立ち去ろうとした。
だが、
「あ? なんだお前も眠れずに出てきたのかよ」
と、再び立ち止まり、
いつからそこに居たのか、
前方に立つもう一人の人物に言った。

「す、すみませんっ。僕はその…。
ヴィヒトレイさんが歩いているのを見かけて…」

「お前は確か、エールシオン達と一緒に帰ってたよな?」

「はい…でも、なんだか落ち着かなくて、
僕だけ途中で眠れなくなって」

「俺んちで仮眠してくか? 俺は夕方まで寝るけどよ」

「え、いいんですか!?」
「いいよ。ええと、オメガだっけ?」
「はいっ」
そう言うと、ぴょんぴょんと跳ねるみたいにピースに近付いた。

その後ろで、ヴィヒトレイがまた何かに気付いたように
鼻をすんすんと鳴らした。

「そうか…。お前は魔王の血を引く人間か」と、
ヴィヒトレイが独り言のように呟く。

ピースとオメガの両方が足を止め、ヴィヒトレイの方を振り返った。

「なんだそれ?」とピース。
「え…?」と、オメガは不安そうな顔をして聞き返した。

「自分では気付いていないのか…。
お前は魔王スターダンスの血筋だ…」
ヴィヒトレイはもう一度言った。
その視線はピースの方に向いている。

「は? 何のこと言ってんだ?」

ピースが首を傾げる横で、オメガがゆっくりと後ずさる。

「変なやつだぜ…。まあいいや。行こうぜオメガ」

しかし、オメガはその場に立ち止まって、
青褪めた顔でピースを見ている。

そのオメガを見て、再びヴィヒトレイは鼻を鳴らした。
「オメガ、お前は…、マーザンの…」

「おいおい、お前らさっきから一体何言って…」

「あんたの血筋のせいで…。
…魔王なんかが居るから、僕は両親から愛してもらえなかった」と、
突然オメガは消えるような声で言った。
「この世界に来てやっと呪いから解放されたと思ったのに…、
この世界でも、そうなんですね…」
さっきまで無邪気そうな顔をしていたオメガの目に、
見る見る内に涙が溜まり、
溢れ出た一粒がアスファルトに音もなく落ちた。
ピースは驚き、心配してオメガの肩に手を置こうとしたが、
「触らないで下さい」
とオメガは手を振り払うと、
別の路地の方へと走り去っていった。

いつの間にか日の出が始まっており、
辺りはほんのりした朱色に染まっている。
遠くで電車が動き出す音がしている。

ピースは何が何だか分からないと言うように、
ヴィヒトレイの方を見た。

「すまない…。僕が余計なことを言ってしまった。
彼を探してみる。おやすみ…」

ヴィヒトレイはそう言うと、
オメガが去った方へと歩いて行った。



戻らない!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!







▲ページの一番上へ / ヘビーレインズTOPへ

ヘビーレインズ,2022,2023(c)


第9.2話 手相