2022 / 3 / 25

午前五時過ぎ、朝日が顔を出し、
空は、東から西にかけて、
ピンクから青の幻想的なグラデーションを描いている。

その生まれたばかりの空の下を、
赤紫の紐で目を隠した青年が、
電脳アシスト自転車に乗って走っている。

環七から尾竹橋通りに入り、
さくら参道を通って西新井アリオ前を
結構な速度で通過する。

通りには人も車もほとんどなく、
彼の走行を妨げるものは何もなかった。


西新井駅前のロータリーまで来ると
彼は一旦自転車を止めて、何かを探すように周囲を見渡した。

だが、彼が探しているものはそこにはないようだった。
あともう少し早く到着していれば、
近くの路地裏でピース達と出くわしていたかもしれない。
だが、彼らは既にそこを去ったあとだった。


青年は軽い溜め息を吐くと、再び電脳アシスト自転車を走らせた。
ロータリーをぐるりと周り、
さっき通ってきたさくら参道へ戻ろうとして、
そこでブレーキをかけた。


…広い道路の真ん中に、一人の少年が、
どこか非現実的な雰囲気を伴って立っていた。
その髪は、今の空が溶けて染み込んだみたいに、
ピンクから青のグラデーションの色をしている。

「何やってんの?」

向こうから声をかけてきた。
その顔は笑っている。

対照的に、青年の方はずっと自転車を走らせてきたせいで、
僅かに肩を上下させ、息を切らしている。

「オメガ見なかったか?」

そう聞きながら、少年の傍まで自転車を寄せて、片足をつく。
まだ車通りがないとは言え、広い道路の真ん中で立ち止まるのは、
どこか落ち着かなかったが、少年がそこに立ったままだから仕方ない。

「ねー、なんで目隠してるの?」

「お前もそれ聞くのかよ」
「顔見せてよ」

そう言うと少年は、青年の青紫の紐を掴み、ぐいっと引っ張った。
青年の頭が引っ張られ、自転車ごと倒れそうになる。

「ざけんなっ。離せよ」

そう言っても離そうとする気配はない。

「てか、子供がなんでこんな時間にここに居んだよ」

すると少年は紐を持ったまま、自転車の荷台に飛び乗った。
バランスが崩れてまた倒れそうになる。
その様はまるで手綱を持たれた馬だ。

「きゃはは。面白いこれ。走れー! きゃははっ」

「こいつ」

青年は後ろを振り返り、少年の髪の毛を鷲掴みにして、
荷台ではしゃぐのを力づくで押さえ込んだ。

「ガキだからっていい加減にしろよ…。
パパとママはどこだ? 送っていってやる」

少年は手を振り払い、負けじと紐を引っ張り返す。
再びバランスを崩し、自転車が倒れそうになった所で、
今度は青年の背中にしがみついてきた。

「痛っ」

青年の耳に激痛が走る。少年が後ろから耳を噛んだのだ。

「噛み千切ってもいい? 親の話とかやめて?」

それまでのふざけたような声とは違う。
それは小さく、どこか冷たい声で、耳を噛んだまま囁いた。

親の話が嫌なのは、青年も同じだった。
その言葉や声の感じから、まだ幼さの残るこの少年にも、意識したくない苦悩があるのかもしれない…、とぼんやりとだが青年は共感のようなものを予感して、抵抗していた体の力を抜いた

「静かに乗るなら走ってやる。行き先は知らねえぞ」

そう言って、ペダルを漕ぐ。
電脳アシストによる駆動によって、
二人を乗せた自転車は軽快な音を立てて加速した。

ペロリと耳が舐められるのを感じる。くすぐったい。

「やめろって。野生の動物かよ」と、
青年は自転車を漕ぎながら呆れたように言った。

「オメガなら、ピースとケンカしてたよ。
ピースは魔王の子孫らしいって。
それで、ヴィヒトレイがオメガを慰めにいったけど、
ヴィヒトレイも魔王と繋がりがあるらしいって。
よく分かんないけど、それでオメガはヴィソトレイともケンカして、
一人であっちの方へ行ったよ」

そう言って、少年は後ろから腕を伸ばし、南を指差した。
「自転車に乗せてやっただけで、
嘘みてえに素直になった。ちょろいな」

茶化すように青年が言うと、
再び紐が引っ張られ、青年の頭が後ろへ曲がる。

「うごっ、あぶねえだろっ、クソがっ!」
「きゃはははは」
「よーし、これならどうだあ」

青年は全力でペダルを漕いだ。
自転車は一気に加速して猛スピードになる。


人気のない朝の道のど真ん中を、
瑞々しい風の中を、
西新井のまっさらな時間の中を、
二人を乗せた電脳アシスト自転車が突き進んでいく。
行き先は荒川の方。

オメガは荒川で野宿していたらしい。
少年が指差したのもそっちの方角だった。


戻らない!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!





▲ページの一番上へ / ヘビーレインズTOPへ

ヘビーレインズ,2022,2023(c)


第9.3話 手綱