2022 / 4 / 6

2回目の打ち合わせが終わったあと、
事務所の外は徐々に春の夕方の空気に染まりつつあった。

最初の打ち合わせから数日が経過しており、
先に顔合わせをしていた6人は、
互いの距離を僅かずつにも掴みつつあるようだった。

目下住む場所のないウラン、オメガ、ダークサイド、ヴィヒトレイの4人は、
日毎にエールシオンかピースのマンション、
あるいは事務所の1階を、その日の寝床としてローテーションしていた。

そうした中で、関係性はそれぞれではあったが、
皆、同じグループとしての連帯意識のようなものを
薄っすらと芽生えさせ始めてもいるようだった。

…但し、あとから入ってきた最後の一人を除いて。


「のー、おっさん。ほんまにやる気?」と、
事務所の入り口の柱にもたれかかりながらウランは聞いた。

タイムレスは事務所の入り口の丁度真ん中に立ち、
向かいの空から差し込む西日の黄金の光に、
醜い妖精のように包まれていた。

「俺、嫌。
こんなやつおったら売れねぇじゃん。
のー、エール」

「さあな」

エールシオンはそれだけを言って先に帰ってしまった。
オメガやピース、ヴィヒトレイも既に帰っていない。
Bも2階へと消えていて、
事務所に残るのは、
ウランとタイムレスとダークサイドの3人だけだった。


エールシオンが同調してくれずに先に帰ったことに、
ウランは不満げに唇を尖らせていた。
そして、
八つ当たりのようにタイムレスを睨む。

「ハゲデブきも」

ウランのその言葉に、
胸奥で何かがドクンと反応するのを
タイムレスは感じ取る。

「イケた感じのグループになっとんのに、
そこにお前みてーなのが入ったらワヤじゃん?
その歳でアイドルって、まじないけん。消えて」

すると、
タイムレスは言った。

「俺は今日、
このグループの一員になった」

「は?」と、ウランは言いかけたが、
…その揺るぎない声のトーンに、少し驚いて、
タイムレスの表情を探る。
しかし、タイムレスは真っ直ぐに西日を見ていて、
ウランの方を見ていない。
まるで沈む太陽に挑むみたいに、眩しいはずの光に抗うみたいに、
西日を睨んでいて、その眼鏡に黄金の光が反射している。

「何言いよんコイツ。
お前みたいなんがグループの一員とか、こっちはごめんやけん」

「…なら辞めろ。
俺みたいなおっさんが1人増えただけで泣き言吼えるようなガキに、
アイドルは向いてねぇだろな」

「はあ?! このハゲ、ざけんなよ」

ウランは、スカートから伸びた白い足で、
タイムレスの丸く突き出した腹を勢い良く蹴飛ばした。

「うっ」とタイムレスが声を漏らし、
ヨロヨロと後退りする。

いつの間にか傍に立っていたダークサイドが、
無駄のない動きで、タイムレスの足の後方に、さっと右足を出した

面白いように、タイムレスは、ダークサイドの足に引っかかり、
どすんっと後ろ向きに大きく倒れた。


「きゃははは、ねぇねぇブタ、どんな気持ち?」

ダークサイドは可愛く笑いながら
タイムレスのしかめっ面を覗き込む。
ピンク色とターコイズ色の混ざった毛先が、
タイムレスの脂ぎった顔を撫でる。

その髪からは甘い香りがほんのりとして、
タイムレスは独り言のように
「プルメリアの匂い…」と呟いた。


「うわまじキモ、何言うとん、こいつ」
近寄ってきたウランが、
起き上がろうとするタイムレスの肩を足で踏んで言った。

踏まれたタイムレスには、
ダークサイドの顔越しに、
ウランのスカートの内側が見えた。

不思議な模様の入った白い太ももが、
水色のパンツからはみ出している。


タイムレスは、
自分の肩に乗せられたウランの足首を掴むと、
力いっぱい引っ張った。
ウランはバランスを崩し、ダークサイドの体の上に倒れた。

「いってぇ」

タイムレスは立ち上がると、
倒れたままのウランの、めくれあがったスカートを
手でさっと元に戻してやる。

それから何事もなかったかのように
夕日の方を向き直って言った。


「お前らはまだ17や13だから、この世は知らない物ばかりだろ…。
自分の知らない物が目の前に現れた時、
弱いやつほどよくイキるもんだ。
未知は怖いからな。
自分達とは関係のねぇオッサンなら、
未知過ぎて泣いちゃうか?」

「意味わかんねぇーこと言ってんじゃねぇよ!」
慌てて立ち上がったウランは怒鳴った。

「"アイドルは若いイケメン"…、
…そんな既知の概念に収まってりゃ安心だよな。
だがな、良く聞け、ウラン」


突然名前を言われてビクリとする。
…こいつはさっきから何言ってんだよ!!
…こいつはさっきからちっとも俺の方を見ねぇ!
…こいつはさっきから逆光だったり、
眼鏡が夕日で反射して表情が見えねえ!
…こいつはさっきから意味分からんくてとにかくイラつく!!


「良く聞けよ、ウラン…
弱いやつは、未知が怖い、
だから否定せざるを得ない…、
でもな…、
強いやつは、
そんな未知に…、挑む!」


なんじゃそりゃ!!!
馬鹿じゃねーの!!!
ださっ!!!!!!!
…そう思ったのに、
ウランは脳髄に電気が走ったような気がした。


男子なのにセーラ服を着ている未知を怖がる同級生や大人達…
変な模様のある足という未知を否定したくてたまらない同級生や大人達…
額に意味不明な模様があるという未知を受け入れられない同級生や大人達…

たけしは男なのに、
そのたけしを好きになってしまったという未知から…、
とうとう最後まで逃げ続けた俺…


俺は……、
俺は未知が怖かった…!?
俺を否定した同級生や大人達と、俺は同じ…!?

俺は……
俺は……

こいつは一体何を言ってるんだよ!!!
おっさんでハゲでデブのくせに、何言ってるんだよ!!
クソ!!!!クソ!!!!クソ!!!!クソ!!!!クソ!!!!


夕日に逆光に立つタイムレスの輪郭が、黄金に光っていた。
ハゲた頭はもちろん光っていた。
その左手からは、金色の小さな稲妻がチリチリと舞い、
その稲妻が夕日の光と混じり合って、
タイムレスの後ろにいる俺の目の中に入り込んで、
…それは眩しくて
…それは俺の脳髄を、チリチリと痺れさせたんだ。


「きゃはは」

倒れたままでいるダークサイドが、二人の後方で笑っている。

「ウラン、ダークサイド」とタイムレスは言った。

ダークサイドの笑い声がぴたりと止まる。
事務所の外の環七を走る自動車の音が聞こえている。


「俺は今日から、お前達と同じ、ヘビーレインズだ」
タイムレスは力強くそう言うと、
二人を振り返った。

逆光のはずだったが、
眼鏡越しのタイムレスの目が、金色に光っているようにも見えた。
タイムレスは、ウランとダークサイドの目を
初めてじっくりと見つめて言った。

「…俺達は、この7人で、
必ず、最強のアイドルになる!!!!
…まだ誰も知らない、最強のアイドル…
俺達は、その未知に挑戦するんだ!!!!!」


戻らない!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!







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第10.1話 未知