3023 / 3 / 18


それはさ、
愛と憎しみと、欲望と悲しみの、
尽きることのない永い列なりと螺旋のようなもの。


赤と黒がぐちゃぐちゃに混じり合ったような
そんな蠢くような感情が、毎晩、夢の中にあふれ出して
俺はその渦の中で溺れてもがいてる。


俺にはその感情と夢の正体が分からない。
他人のような遠い感覚があり、
それでいて、遺伝子深くに刻まれているかのような
切り離すことのできない繋がりも感じ取れた。


そんな感情で毎朝目が覚めると、
どうなってしまうと思う?


目からは憶えのない涙が流れていて、
心臓は壊れそうなくらい鼓動を打ち鳴らしていて、
ぜえぜえって激しく息を切らしていて、


そして同時に、
破裂しそうなくらい…


下半身はギャン勃ち、ウケる。



…朝、
一人暮らしをしているアパートを、
口に食パンを詰め込みながら出て、
ペラペラにつぶした学生鞄と、ゴミ袋とを、
一緒に左手で持って、

アパート前の集積所にゴミを捨てようとして、
間違って鞄まで捨てちまって、
あーもういいか、捨てちまうか、って一瞬思ったけど
あーだりっ、とか言いながら拾って、

戸越公園の鳥居を潜り、園内に入って、
遊歩道から逸れて、落ち葉だらけの中を進んで、
園と学校とを隔てる柵をよじ登って、
そのまま校内に入る。


高校はアパートのすぐ傍だったけど、
正門とは丁度正反対の位置で、
入学して割りとすぐの頃にはもう、 大井町線の線路を迂回するか、
戸越公園を迂回するかの二択をあっさりと放棄してた。


学校には気の合うやつはいなかった。
どいつもこいつも、甘ったるくて普通過ぎるか、
あるいは、馬鹿っぽくて刹那過ぎるか。
でも後者の方が、本能的でまだ性に合う気がする。


昼休みくらいになると校内にいることにも飽きて
屋上でタバコ吸ってるやつらをけし掛けてパチンコ行って、
そのあとは、夕方から新宿に出稼ぎにいくクラスメートの女子についていって、
美人局やらせてみて、相手のおっさんぼこぼこにしてみたり、


それが終わったらもう夜の11時くらいで、
ドラッグ漬けの家出少女が鳩のフンみてぇにそこら中に倒れてるトー横広場を突っ切って、
広場沿いにある、やべえ病院の居抜きみてぇな地下のサウナに入って、
青いLEDで照らされた異質なサウナ室で
仕事帰りのホストや外人らと一緒に、
これでもかっていうほど汗をかきながら、
その日体に染みついたタバコとか血とか精液とかの臭いを、
自分の心臓共々溶かすみてえに落とすのが好きだった。


そして高校一年目の春休みになる直前、
クラスに優等生の男子が一人引っ越してきて、


『千雪、そういうのやめなよ。危ないから』


って、やたら馴れ馴れしく名前で呼んできて、
そんなこと言いやがって、


誰がおめーの言うことなんかきくかよ、ボケ
俺に偉そうに話しかけてくんな、クソが

って言って髪の毛掴んで振り回してやったら、
これっぽっちも動じてないようなまっすぐな目して、


『じゃあ、危ないから着いていくよ』

って、
はあ?


パチンコも一緒にくるし
新宿にも一緒にくるし

お前金魚のフンか、馬鹿か、
って言って、


気がついたら、地下のサウナ室で
ホストや外人らと一緒に、そいつとも並んで座ってた。


『千雪、ここ、いいサウナだね』


呼び捨てすんなこの野郎って、まあ、いいか……
お前だけだぞ……、特別だぞ……
って言ったら、


そいつ初めて笑ったな……


それからは、そいつとよくつるむようになった。


俺には親も親戚もいない。

気が付いたら、一人で暮らしてて
生活費も学費も、パチンコとか美人局とか適当に工面してて
この世にだーれも価値あるやつなんかいねーなって思ってたけど
そいつとはなんか気が合った。


そんで春休みになった。

春休みが終わったら二年。


『クラス替えで別々になっちゃうかな?』

関係ねーだろ。違っても隣の席のやつボコるだけ。

そしたらそいつが怒ったような顔するから

はいはい、冗談冗談

少しだけ笑って頷くそいつ。

そんな感じ。



……怪生物1000号。

またの名を、白川千雪、17、親なし、初めて友達できましたってか。


馬鹿じゃねーのって、まーいーか。



戻れない!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!







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第12話 千雪