あァ、嫁が怖い、嫁が怖い。
　ありゃァバケモンだ。腹ン中と顔がまるっきり別の生き物だ。
　俺ァ他に女ってモンを知らねぇが、
　女って生き物は、揃ってあぁも怖いモンなのかねェ……？



「おいおい何だァこの朝飯は？」
「あらあら、いつも通りじゃないですか。ご飯になっとにお味噌汁」
「いくら何でもいつも通りが過ぎらァ！これから戦（いくさ）に行こうってのに」

　そう、こいつは戦争。AMとSTの、悪ノリ気分の乱痴気騒ぎ。
　戦争ってもんはどうにもならねぇ。
　行きたくないも死にたくないも殺したくないも通らねぇ。まして丈夫な男の身体なら猶更だ。

「だから、いつものご飯じゃないですか。いつも言ってたでしょう、これが一番元気が出るって」

　これまたいつもの澄ました顔で、そんな事を言いやがる。
　腹ン中がそうじゃねぇッて事くれェは、いくらトウヘンボクのフシアナでも分かるってモンよ。



　昨日の夜に、夫婦の枕突き合わして話し合った。
　俺が帰ってこなかった時のことを。
　万が一もクソもねぇ、どちらかが消し炭になるまで続く戦だ、帰ってこれるほうが奇跡ってもんサ。

「そんときゃ四十九日も大人しく過ごしてから、頼れる人間に貰われてやんな。なァに、お前くらいの器量良しだ、若くして子持ちの未亡人とありゃ、情けの一つもかけてくれる人間だって掃いて捨てるほど居るだろうよ」

　そうやって言って含んで聞かせても、その時は私一人で立派に子供を育ててみせますの一点張り。
　挙句の果てには早く寝て下さいね、と話を打ち切って先に寝やがった。
　今の今まで一度たりとも、俺より早く寝たことがない奴が。



　あァ、嫁が怖い、嫁が怖い。
　あいつはいつも通りに笑顔で俺を送り出して、誰もいないところでひっそりと泣きゃがるんだろう。あいつのその後の苦労を思うと、怖くて怖くて仕方がねェ。
　お次は何も知らない娘の寝顔が怖い。



「……サチコ」
　娘が一生懸命作ってくれたと渡されたお守りを見る。
　……コンチクショウめ、字の汚さばっかり俺に似やがった。