鐘が響いている。その音色は澄み切り、遠い遠い青空の彼方へ響いていく。
その音色は何を呼び起こすのか。
歓喜か、懺悔か、屈辱か、安息か。あるいは、そのどれでもないのか。
唯少なくとも解るのは、そして確かなのは。

この鐘の音は、あなたのために鳴っている。
あなたを想う、誰かのために鳴っている。
誰かを想う、あなたのために鳴っている。



鐘が響いている。その音色は涼やかに、さざめく白波を撫でて響いていく。

鐘の音色は『ヒナノシャクジョウ』の名を呼んだ。
　ともに歩むものを呼んでいる。紅く燃える落日が純白の雲と明くる日を染めている。

鐘の音色は『セレナＮＦ』の名を呼んだ。
　黄金に輝く月光を呼んでいる。夜の闇は如何様にも姿を翻す。それは無限の巧妙に等しい。

鐘の音色は『何かが妙な股旅花唄』の名を呼んだ。
　刹那に閃く煌きを呼んでいる。己が思うままに己である者は、己が望む己である。

鐘は祈る。
祈る者の祈る声こそ、ズロニツェの鐘の音色である。

「俺はそう思っています」

私は『郵便屋』。


《流れ行く音色たち》
ズロニツェの鐘が鳴っている。その音色は、突き刺さるような寒空のもとへ。
　冬とはひとつの終焉であり、眠りの季節。響く鐘は、冷たく冷たく心の底を貫いていく。
　　それでも、目覚めの先にあるものは確かに暖かく、宿す心は決して凍て付くことはない。
　　　重苦しい寒空の向こうを覆う蒼空を思えば、伸びる氷柱もまた美しく宝石のごとく輝く。

ズロニツェの鐘が鳴っていた。その音色は、七つの色彩を宿した天を跨ぐ光の橋へ。
　いつか誰かがのこした残響が、誰かの心へと響いていく。その音色は、幻影の如くその姿を映し出す。
　　一時の幻、一炊の夢だとしても、そこに残るのは無為なるものではない。美しいものは色褪せることはない。
　　　燃え盛るような憤激も、煮え滾るような色情も、それが奏でた残響はそこに響き続け、祈り寿ぐ導となるだろう。

ズロニツェの鐘がそれを遺した。その音色は、天と地と海を渡り遥かに巡る輪廻の先へ。
　人も神も、何かを思う心は変わらない。他者を思い、他者を羨み、他者を呪い、他者を求める。
　　心とは儘ならぬものであるが故に、その彩りは斑で、歪で、そしてこの世の何よりも美しいのだ。
　　　一人の戦乙女のために安寧と安息を祈る姿も、心ある者の一つの姿である。鐘は、その心を示して鳴る。