(かばん):☆オチキス少尉の永久雇用権
ビブラティオ軍医准将が残した紙切れ
装備見えないがしている。
見えるようになりました。やった!
(ここまでのお話)
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=16871204
「どうやら誤解があるようなので説明いたしますと――」
取調室の薄明りの下でこの日初めて男が口を開いた。
「わたくしどものプロジェクト、 <ネクロマンス・アンリミテッド計画> は、確かに大がかりではございます」
ぽれん戦争の過去の戦没者の魂を全員サルベージし掌握する目論見。いったいどのような方法でどれほどのリソースをつぎ込めば可能になるのか見当もつかない。
「一方であなたがたはわたくしどもの目的を見誤っておいでだ。国家の転覆だとか、ぽれん戦争の真の勝者となるとか、そういう大それたビジョンはない――逆なのです。我々が求めているのは均衡なのですよ」
「六文斎どの、あなたの発言の意味がよく分からないガ……」
一連の事件の渦中の人物であり、面識もあるオチキス少尉が召喚され、逮捕された忌野六文斎と対面する尋問側に同席していた。
「キャッシュよりフロー、とでも言うべきでしょうか。わたくしどものビジネスは武器産業、傭兵斡旋、兵站アウトソーシングその他様々、戦争によって営利を得るものばかり。なぜ自らその畑を焼く真似ができましょう?」
「逆なのです。二国間の戦力バランスが傾いた際に介入することで拮抗した、しかし常に流動する戦場を生み出し続ける―― "ぽれん戦争を永遠に続けていただく"。もっとも、その内実は今のような"お上品な"ものでは困る。戦士だけに支給されるような最上級の武装をほんの少量生産するようなビジネスは今後とも必要でしょう。しかしそれ以上に、もっと多くの兵器、もっと大量の兵士が必要なのです。それも安価に、大量に、そして効果的に」
しばし絶句のあと、オチキスはようやくつぶやきとも哀れみともつかない言葉を吐き出した。
「おそらく……倫理を説いても無駄だろうナ。あんたにハ」
「ご安心ください。インフラ復興や医療部門も取り扱いがございますよ」
破壊される前提の、だろう――と怒鳴りたい気分さえ起こらない。オチキスは天井のファンを仰ぎ見た。
今日の仕事も決して楽しい時間とは言えないものになるだろう。
……
「やあ~オチキス少尉。おつかれだねェ~ッ! そういう顔をしている。栄養のある食事と休息は足りているのかね?」
「ビブラティオ准将」
取調室を出たオチキスの前により一層厄介な相手が現れた。即座に姿勢を正し敬礼。
人格に問題があるという意味ではここ最近の取り調べ相手同様だが、上官である以上無下にはできない、始末に負えない人物だ。
「聞いたよックソデカ精霊ブッタ切り! 大金星じゃないかァ~~二階級は昇進させなきゃッて人事局がゆってたよォ」
ビブラティオ軍医准将。複数の軍病院の責任者であり、その立場上、傷病兵の治療から遺伝子強化まで一手に引き受けるこの男もまた六文斎とは違った意味で得体の知れない人物だった。
将官という階級にしてはあまりにも若く見える。まだ三十代半ばといったところか。顔立ちにも軍人らしさというものがまるでなく、かといって学者という印象でもない。
芝居がかった芸術家肌の男、というのがオチキスから見たビブラティオに対する率直な感想だった。だがその一方で、この男が多くの戦地で部下の命を救い続けてきたことも事実である。
彼が率いる医療チームは死人を生き返らせるという噂すらあるほどなのだ。
「断っておいたけどね。 ぼくちんが」
「きみの給与は既に本来の階級よりかなり高い。今回で佐官相当になるかもねッ。でもでも、ぽれん戦士が一番働けるのはぁーやっぱ前線だよねッ!そうだろ?」
六文斎が目的を明かしたタイミングでなぜ彼がこの場に現れたのか。嫌な予感がしてならない。
ビブラティオは上機嫌だった。
鼻歌交じりに軍帽を脱ぐと、制服の袖口に手を突っ込み何事かを取り出した。
「じゃじゃーん!! これなんだと思う? ハイ答えていいよッ!!」
「……作戦指示書ですカ?」
「雇用契約書だよ~~ん。きみの」
オチキスには言葉の意味が分からなかった。自分は軍属である。当然、戦場で斃れるその瞬間まで軍人であり続ける覚悟がある。退役など考えたこともない。
そもそも予備役すらまだ先の話だ。
そして目の前の人物は何と言っただろうか。
自分の雇用契約について話してはいないか? 混乱しながらもどうにか言葉を紡ごうとする。
どう見ても公文書とは思えない雇用契約書なる古紙に記された魔術的な記号の羅列が意味するところを読み解こうと努める。
しかし読めない。
これは、暗号なのか。
それとも、何かのジョークのつもりなのだろうか。
「オチキス少尉。貴官はこれより忌野六文斎、鹿原エル、以上捕虜2名を伴いある場所へ赴いてもらうよん」
ビブラティオの声は脳の中で反響を繰り返し、音声としてはノイズだらけの雑音のように聞こえるにもかかわらず、その言葉の意味するところは言語野に浸透するように一言一句明瞭であった。
「目的地はこの端末に記録されてるよッ。第二ターミナル4番埠頭に停泊中の貨物艇。きみが操舵しろ。出航時刻は明日〇九三〇。復唱!」
結果から言うなら、その書類を"見てはいけなかった"。
オチキスの思考に空白が生まれ、抗う間もなく、彼女の意識はその暗がりへと引きずり込まれた。そう確信したビブラティオであったが、
「……恐縮だガ、その命令には承服しかねル」
「えッえッ!? なんでェ? どういうコト?」
「意識の淵は暗黒剣士の領域。そんな紙切れで私を操れると思うカ!」
異能行使。一瞬の空気の揺らぐ気配とともに、オチキスのうなだれる腕から漆黒の火焔がしみ出すように燃え広がり、彼女自身を包む。
「尻尾を出したナ、ビブラティオ。私も貴官に見せるものがあル」
暗黒剣の炎が術者を焼くことは術者自身がそうする意思を持たない限り決してない。全身に膜のように纏えば魔術干渉を弾く霊的力場として作用する。オチキスが懐から取り出したのは、特務捜査を認める情報局権限を示す認識票だった。
「ウヒヒッ! 忍者どもか!」
「貴官の息のかかった憲兵はあらかたこちらで押さえタ。観念しろビブラティオ。貴様を逮捕すル」
これははったりだ。実際のところ軍内部にどれほどの不穏分子が存在するのかはっきりとは分からない。
オチキスが重心を落とし、踏み込む構えをみせる。
「やだよ~ん」
ビブラティオはそんな彼女の様子を意にも介さず、笑みを浮かべたままだ。
「オチキス少尉ィ……忍者の真似をして働くには、きみは"正しすぎる"」
「きみが意識を取り戻した一瞬、ぼくちんは油断した。予想外の展開にビックリこいちまってね。問答無用で焼き殺すべきだったんだよッ!」
ビブラティオがオチキスの視界から消えた。
反射的に彼女は身を捻る。ビブラティオの拳を避けたつもりであったが、その内側に握りこまれたプッシュダガーの刃が急所までの最短軌道を描く。
鋼鉄を瞬時に融解させるであろう超自然の炎の膜を切り裂き、さらには防刃繊維で編まれた軍服ごと脇腹に食い込み、水面をすくうようにすり抜けた。
そのままの勢いでビブラティオは床を蹴り、壁を駆け上がり天井を蹴って遠ざかっていく。
(惜しいッ! 腎臓を躱したか)
だが炎を纏い、揺らぐ視界でこの跳躍は追えまい。このまま距離を取って逃げ切る! ビブラティオはほくそ笑んだ。
しかし次の瞬間、彼は横殴りの衝撃に吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。
肺の中の空気が全て吐き出され、気配遮断<インビジ>の向こう側から現れた赤い鱗の竜人が放ったでこぴんの構えを見るか、というところでそのまま意識を失った。
「"正しい"は買い被りすぎだったようだに~」
倒れこんだビブラティオを簡易手錠で拘束し終えた竜子が、オチキスの応急手当のため救急キットを持って歩いてきた。
「イテテ、支援のない格闘はやるもんじゃないナ。……この通り手がかりは抑えタ。情報局へ連絡ヲ」
「待つに。今この状況は"理想的"かもしれにぃ。第二ターミナル4番埠頭。明日の、〇九三〇だに?」
悪企みに悪企みで敢えて"乗る"。この瞬間からネクロマンス・アンリミテッド阻止計画が始まるのだ。
竜子はそう告げると、獰猛な笑みを口元に浮かべて見せた。
(2023年末ぽれん2次創作小説 大いなるギンヌンガガプ へ続く)
見えるようになりました。やった!
(ここまでのお話)
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=16871204
「どうやら誤解があるようなので説明いたしますと――」
取調室の薄明りの下でこの日初めて男が口を開いた。
「わたくしどものプロジェクト、 <ネクロマンス・アンリミテッド計画> は、確かに大がかりではございます」
ぽれん戦争の過去の戦没者の魂を全員サルベージし掌握する目論見。いったいどのような方法でどれほどのリソースをつぎ込めば可能になるのか見当もつかない。
「一方であなたがたはわたくしどもの目的を見誤っておいでだ。国家の転覆だとか、ぽれん戦争の真の勝者となるとか、そういう大それたビジョンはない――逆なのです。我々が求めているのは均衡なのですよ」
「六文斎どの、あなたの発言の意味がよく分からないガ……」
一連の事件の渦中の人物であり、面識もあるオチキス少尉が召喚され、逮捕された忌野六文斎と対面する尋問側に同席していた。
「キャッシュよりフロー、とでも言うべきでしょうか。わたくしどものビジネスは武器産業、傭兵斡旋、兵站アウトソーシングその他様々、戦争によって営利を得るものばかり。なぜ自らその畑を焼く真似ができましょう?」
「逆なのです。二国間の戦力バランスが傾いた際に介入することで拮抗した、しかし常に流動する戦場を生み出し続ける―― "ぽれん戦争を永遠に続けていただく"。もっとも、その内実は今のような"お上品な"ものでは困る。戦士だけに支給されるような最上級の武装をほんの少量生産するようなビジネスは今後とも必要でしょう。しかしそれ以上に、もっと多くの兵器、もっと大量の兵士が必要なのです。それも安価に、大量に、そして効果的に」
しばし絶句のあと、オチキスはようやくつぶやきとも哀れみともつかない言葉を吐き出した。
「おそらく……倫理を説いても無駄だろうナ。あんたにハ」
「ご安心ください。インフラ復興や医療部門も取り扱いがございますよ」
破壊される前提の、だろう――と怒鳴りたい気分さえ起こらない。オチキスは天井のファンを仰ぎ見た。
今日の仕事も決して楽しい時間とは言えないものになるだろう。
……
「やあ~オチキス少尉。おつかれだねェ~ッ! そういう顔をしている。栄養のある食事と休息は足りているのかね?」
「ビブラティオ准将」
取調室を出たオチキスの前により一層厄介な相手が現れた。即座に姿勢を正し敬礼。
人格に問題があるという意味ではここ最近の取り調べ相手同様だが、上官である以上無下にはできない、始末に負えない人物だ。
「聞いたよックソデカ精霊ブッタ切り! 大金星じゃないかァ~~二階級は昇進させなきゃッて人事局がゆってたよォ」
ビブラティオ軍医准将。複数の軍病院の責任者であり、その立場上、傷病兵の治療から遺伝子強化まで一手に引き受けるこの男もまた六文斎とは違った意味で得体の知れない人物だった。
将官という階級にしてはあまりにも若く見える。まだ三十代半ばといったところか。顔立ちにも軍人らしさというものがまるでなく、かといって学者という印象でもない。
芝居がかった芸術家肌の男、というのがオチキスから見たビブラティオに対する率直な感想だった。だがその一方で、この男が多くの戦地で部下の命を救い続けてきたことも事実である。
彼が率いる医療チームは死人を生き返らせるという噂すらあるほどなのだ。
「断っておいたけどね。 ぼくちんが」
「きみの給与は既に本来の階級よりかなり高い。今回で佐官相当になるかもねッ。でもでも、ぽれん戦士が一番働けるのはぁーやっぱ前線だよねッ!そうだろ?」
六文斎が目的を明かしたタイミングでなぜ彼がこの場に現れたのか。嫌な予感がしてならない。
ビブラティオは上機嫌だった。
鼻歌交じりに軍帽を脱ぐと、制服の袖口に手を突っ込み何事かを取り出した。
「じゃじゃーん!! これなんだと思う? ハイ答えていいよッ!!」
「……作戦指示書ですカ?」
「雇用契約書だよ~~ん。きみの」
オチキスには言葉の意味が分からなかった。自分は軍属である。当然、戦場で斃れるその瞬間まで軍人であり続ける覚悟がある。退役など考えたこともない。
そもそも予備役すらまだ先の話だ。
そして目の前の人物は何と言っただろうか。
自分の雇用契約について話してはいないか? 混乱しながらもどうにか言葉を紡ごうとする。
どう見ても公文書とは思えない雇用契約書なる古紙に記された魔術的な記号の羅列が意味するところを読み解こうと努める。
しかし読めない。
これは、暗号なのか。
それとも、何かのジョークのつもりなのだろうか。
「オチキス少尉。貴官はこれより忌野六文斎、鹿原エル、以上捕虜2名を伴いある場所へ赴いてもらうよん」
ビブラティオの声は脳の中で反響を繰り返し、音声としてはノイズだらけの雑音のように聞こえるにもかかわらず、その言葉の意味するところは言語野に浸透するように一言一句明瞭であった。
「目的地はこの端末に記録されてるよッ。第二ターミナル4番埠頭に停泊中の貨物艇。きみが操舵しろ。出航時刻は明日〇九三〇。復唱!」
結果から言うなら、その書類を"見てはいけなかった"。
オチキスの思考に空白が生まれ、抗う間もなく、彼女の意識はその暗がりへと引きずり込まれた。そう確信したビブラティオであったが、
「……恐縮だガ、その命令には承服しかねル」
「えッえッ!? なんでェ? どういうコト?」
「意識の淵は暗黒剣士の領域。そんな紙切れで私を操れると思うカ!」
異能行使。一瞬の空気の揺らぐ気配とともに、オチキスのうなだれる腕から漆黒の火焔がしみ出すように燃え広がり、彼女自身を包む。
「尻尾を出したナ、ビブラティオ。私も貴官に見せるものがあル」
暗黒剣の炎が術者を焼くことは術者自身がそうする意思を持たない限り決してない。全身に膜のように纏えば魔術干渉を弾く霊的力場として作用する。オチキスが懐から取り出したのは、特務捜査を認める情報局権限を示す認識票だった。
「ウヒヒッ! 忍者どもか!」
「貴官の息のかかった憲兵はあらかたこちらで押さえタ。観念しろビブラティオ。貴様を逮捕すル」
これははったりだ。実際のところ軍内部にどれほどの不穏分子が存在するのかはっきりとは分からない。
オチキスが重心を落とし、踏み込む構えをみせる。
「やだよ~ん」
ビブラティオはそんな彼女の様子を意にも介さず、笑みを浮かべたままだ。
「オチキス少尉ィ……忍者の真似をして働くには、きみは"正しすぎる"」
「きみが意識を取り戻した一瞬、ぼくちんは油断した。予想外の展開にビックリこいちまってね。問答無用で焼き殺すべきだったんだよッ!」
ビブラティオがオチキスの視界から消えた。
反射的に彼女は身を捻る。ビブラティオの拳を避けたつもりであったが、その内側に握りこまれたプッシュダガーの刃が急所までの最短軌道を描く。
鋼鉄を瞬時に融解させるであろう超自然の炎の膜を切り裂き、さらには防刃繊維で編まれた軍服ごと脇腹に食い込み、水面をすくうようにすり抜けた。
そのままの勢いでビブラティオは床を蹴り、壁を駆け上がり天井を蹴って遠ざかっていく。
(惜しいッ! 腎臓を躱したか)
だが炎を纏い、揺らぐ視界でこの跳躍は追えまい。このまま距離を取って逃げ切る! ビブラティオはほくそ笑んだ。
しかし次の瞬間、彼は横殴りの衝撃に吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。
肺の中の空気が全て吐き出され、気配遮断<インビジ>の向こう側から現れた赤い鱗の竜人が放ったでこぴんの構えを見るか、というところでそのまま意識を失った。
「"正しい"は買い被りすぎだったようだに~」
倒れこんだビブラティオを簡易手錠で拘束し終えた竜子が、オチキスの応急手当のため救急キットを持って歩いてきた。
「イテテ、支援のない格闘はやるもんじゃないナ。……この通り手がかりは抑えタ。情報局へ連絡ヲ」
「待つに。今この状況は"理想的"かもしれにぃ。第二ターミナル4番埠頭。明日の、〇九三〇だに?」
悪企みに悪企みで敢えて"乗る"。この瞬間からネクロマンス・アンリミテッド阻止計画が始まるのだ。
竜子はそう告げると、獰猛な笑みを口元に浮かべて見せた。
(2023年末ぽれん2次創作小説 大いなるギンヌンガガプ へ続く)